今日から3日間、さまざまな方面から2名ずつ高校の教員がインターンとしてAHIに来てくださいます。今では、AHIでは9月からはじまる国際研修の準備に欠かせない存在になっています。事務局では各職員がして欲しいことのリストを出し、担当者が割り振りして待ちます。また、事前に毎月一回やっている「初めて講座」にご参加いただいてAHIのことを理解していただきます。
さて、いよいよ今日からはじまりました。来るほうも受けるほうも「どんなことするのかな?」「どんなひとがくるのかな?」ちょっとどきどき、わくわくの気持ちです。「出会い」への期待と、用意している仕事とご本人の技量や相性のマッチングがどうか?などなど。仕事はその時々で千差万別です。ある時は全館レベルでウン十年取り替えていない蛍光灯の取替えがありました。恐る恐る頼んだのですが、頑強な若い先生は黙々と一日掛けてひたすら取り替え続けてくださりやり終えられました。最後のあの明るい顔には、達成感がにじみ出ていました。
本日は、またもや偶然ピッタリのマッチング、大当たりでした。研修用資料としてコンピューターでチャートを作るという仕事を頼まれた先生は、教員になる前に働いていた企業で腕を磨いていたとのこと、カラフルに凝った体裁ですごく楽しいものを作ってくださいました。これはちょっとした研修資料のカルチャーショックです。英文資料に訳す所は、これまたもう一人の先生が偶然英語の先生で、二人で協力して難なく出来上がりました。
ランチタイムは、長めのおしゃべりタイム。養護教諭にと請われ、関ったことがきっかけでその道に進むことになったとのこと。たまたま同席した来館者はNGOを退職して障害分野に進もうとしている大学院生。カンボジアで地雷によって障害を負った人たちとの出会いがきっかけだったとか。人から人へ話が続き、お互いが持っているものを出し合い一緒になってひとつのことを仕上げていく、出会いと集中と完成の喜びと語らいがありました。やっぱ、AHIって出会う「場」なんですね。異なる学校で教鞭をとっている先生同士の出会いの場でもありました。3日目には大掃除という仕事が控えています。相性はどうかな?(職員Y)
2008年07月28日
2007年03月22日
カンボジアNGOネットワークの年次総会から
AHIのNGO側の協力団体で、カンボジアの保健分野NGOネットワークのMEDiCAM(メディカム)の年次総会が3月15日に開かれ、メンバーでもあり、地元NGOのネットワークと能力強化活動への支援団体でもあるAHIを代表して参加しました。
年次総会に参加するのは、何年ぶりか。会場は、やはり川べりにあるホテル。先の記事に書いた、カンボジアナには及びませんが、この会合にも某大きな援助国の支援つきで実現。100名以上のメンバーが参加し、開会式には、保健大臣やWHOのカンボジア代表が参列。2006年の報告や2007年の計画、運営委員会の委員選挙など、丸1日の大イベントでした。
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年次総会に参加するのは、何年ぶりか。会場は、やはり川べりにあるホテル。先の記事に書いた、カンボジアナには及びませんが、この会合にも某大きな援助国の支援つきで実現。100名以上のメンバーが参加し、開会式には、保健大臣やWHOのカンボジア代表が参列。2006年の報告や2007年の計画、運営委員会の委員選挙など、丸1日の大イベントでした。
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有名ホテルでの会合はやる気をあげるか?
プノンペンに着いてすぐ、協力団体のNCHP(国立保健推進センター)の職員に会うと、「明日は大きな会合があるから一日忙しい」という。聞くと、某多国間大ドナーの主催で、川べりにある超高級ホテル「カンボジアナ」に地方の保健局から関係者を呼んで、支援プロジェクトの計画会合をするとのこと。
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カンボジアインターネット事情
実は、ついさっきまで、カンボジアの会合のもち方の最新状況について書き込みをしていたのですが、急に電気が切れて、コンピューター再起動となってしまいました。もちろん、続きを読む
2006年08月17日
すぐ洪水になるカンポット州
カンボジア南部のカンポット州へ3泊4日で行ってきました。今年の国際研修に参加するサムオールさんの現場です。田植えの季節なのですが、雨が降らない日が続き、プノンペン近郊の州では困っていました。
プノンペンを出発してからカンポット州にはいると雨が降り出し、それから3日間ずっと降っていました。海沿いに近いほど雨がよく降るとのことですが、一度降り出すとその量がたいがいではありません。田畑はすぐに湖のように変わってしまいます。
サムオールさんの地域は州の北部のチュムキリ郡というところですが、郡のなかはもちろん近くの郡の中心部にも宿泊できるところがなくて、事務所の2階は農業専攻の学生がインターンで調査のために泊り込んでいたので、私は30キロほど離れたかんポット州都のホテルに泊まることになっていました。一日目の夜一泊したあと、行き来に時間がかかりすぎるので、サムオールさんの家に泊まるのがよいとのことになり(サムオールさんの家では外国人が泊まったことがないので、電気や水、食べるものなど心配で、躊躇していたようですが、ウイなら心配しなくてもいいか。。。と思ったとのことで、急遽ホームステイとなりました。)荷物をまとめてホテルを早朝出ました。すると。。。州都の市場からずっとすごいことになっていました。
たった2日雨が降り続いただけで、あたりはすっかり変貌し、洪水湖状態になっていました。床下浸水どころではなく、家が半分の高さまで水につかり、家畜は家の2階に上げたり、勝手に高い土地に移動していたり。普通車はもちろん通れません。ドライバーも、これは今朝移動しなければもうプノンペンに戻れなくなっていただろうと、3人で「なんと賢い決断をしたんだろう!」と喜びました。実はホテルにプノンペンから来ていたグループがあったのですが、ホテルに荷物を置いてきたため、次の日からどうにもならなくなっていました。その後も雨は降り続き、全国ニュースでカンポット州の洪水が報道されたので、プノンペンにいる保健称のリムトリさんや所長のリムタイペンさんから心配の電話がきました。地方によっては洪水には慣れてはいるものの、今回のはひどかったようです。
よって、サムオールさんの活動地域の村周りも、初日から困難をきたし、4WDの車が土手に2度も埋まってからは、ゴムぞーりにゴムカッパをきて、バイクと歩きで回ることになりました。村の人たちも自分たちで作った水路や水門が壊れないかと心配で、会合も早々に切り上げたりしました。それでもある保健センターでの保健ボランティアの月例会には全員雨の中出席で、半日各村の村人の健康状況の報告や共通の保健課題、保健センターへの要望など熱心に話し合っていました。予定したとうりには村人の家は多く回れませんでしたが、村人の何人かと話していて、この地域の出身で住民でもあるサムオールさんが中心になってこの地域の村人のリーダーシップ育成や、行政側、集合村評議会への働きかけなど、地域のアクターをつなぐ働きを10年以上かけて地道にしてきただけある手ごたえがありました。
現場密着型の経験豊かなサムオールさんのような人が今年の国際研修に参加するのをとてもうれしく思います。国際研修での発表についてとても心配していたので、AHIからおくられた準備ガイドを一緒に見ながら、準備の説明をしました。ずっと地方にいて、インターネットショップもないし、コンピューター操作に弱いことを心配していました。かれは口頭での説明はとても明確ですが、ポイントをまとめて「発表」する経験はあまりないので、どんな発表をするのか、何を情報として入れ込むのか、彼の家でのホームステイ中夜な夜な結構細かく話をしました。彼の経験・強みが研修の中で最大に共有されれば、彼にとっても研修参加者グループにとっても、とてもよい学びになると思います。
私はサムオールさんの家に2泊させてもらいました。外国人が家に泊まることは面白いと思ってくれたのか、奥さんと娘さんのラスメイ(12歳)、息子のダラ(9歳)、そして同居している両親をエイズで失った甥のコサル(15歳)とも「またきて、また一緒にご飯を食べましょう」と何度も言って別れを惜しんでくれました。サムオールさんも日本でのホームステイをとても楽しみにしています。
AHIの会員、ボランティア、職員のみなさん。サムオールさんの来日をお楽しみに。とってもまじめで、情熱にあふれ、またひょうきんな素敵な人です!
プノンペンを出発してからカンポット州にはいると雨が降り出し、それから3日間ずっと降っていました。海沿いに近いほど雨がよく降るとのことですが、一度降り出すとその量がたいがいではありません。田畑はすぐに湖のように変わってしまいます。
サムオールさんの地域は州の北部のチュムキリ郡というところですが、郡のなかはもちろん近くの郡の中心部にも宿泊できるところがなくて、事務所の2階は農業専攻の学生がインターンで調査のために泊り込んでいたので、私は30キロほど離れたかんポット州都のホテルに泊まることになっていました。一日目の夜一泊したあと、行き来に時間がかかりすぎるので、サムオールさんの家に泊まるのがよいとのことになり(サムオールさんの家では外国人が泊まったことがないので、電気や水、食べるものなど心配で、躊躇していたようですが、ウイなら心配しなくてもいいか。。。と思ったとのことで、急遽ホームステイとなりました。)荷物をまとめてホテルを早朝出ました。すると。。。州都の市場からずっとすごいことになっていました。
たった2日雨が降り続いただけで、あたりはすっかり変貌し、洪水湖状態になっていました。床下浸水どころではなく、家が半分の高さまで水につかり、家畜は家の2階に上げたり、勝手に高い土地に移動していたり。普通車はもちろん通れません。ドライバーも、これは今朝移動しなければもうプノンペンに戻れなくなっていただろうと、3人で「なんと賢い決断をしたんだろう!」と喜びました。実はホテルにプノンペンから来ていたグループがあったのですが、ホテルに荷物を置いてきたため、次の日からどうにもならなくなっていました。その後も雨は降り続き、全国ニュースでカンポット州の洪水が報道されたので、プノンペンにいる保健称のリムトリさんや所長のリムタイペンさんから心配の電話がきました。地方によっては洪水には慣れてはいるものの、今回のはひどかったようです。
よって、サムオールさんの活動地域の村周りも、初日から困難をきたし、4WDの車が土手に2度も埋まってからは、ゴムぞーりにゴムカッパをきて、バイクと歩きで回ることになりました。村の人たちも自分たちで作った水路や水門が壊れないかと心配で、会合も早々に切り上げたりしました。それでもある保健センターでの保健ボランティアの月例会には全員雨の中出席で、半日各村の村人の健康状況の報告や共通の保健課題、保健センターへの要望など熱心に話し合っていました。予定したとうりには村人の家は多く回れませんでしたが、村人の何人かと話していて、この地域の出身で住民でもあるサムオールさんが中心になってこの地域の村人のリーダーシップ育成や、行政側、集合村評議会への働きかけなど、地域のアクターをつなぐ働きを10年以上かけて地道にしてきただけある手ごたえがありました。
現場密着型の経験豊かなサムオールさんのような人が今年の国際研修に参加するのをとてもうれしく思います。国際研修での発表についてとても心配していたので、AHIからおくられた準備ガイドを一緒に見ながら、準備の説明をしました。ずっと地方にいて、インターネットショップもないし、コンピューター操作に弱いことを心配していました。かれは口頭での説明はとても明確ですが、ポイントをまとめて「発表」する経験はあまりないので、どんな発表をするのか、何を情報として入れ込むのか、彼の家でのホームステイ中夜な夜な結構細かく話をしました。彼の経験・強みが研修の中で最大に共有されれば、彼にとっても研修参加者グループにとっても、とてもよい学びになると思います。
私はサムオールさんの家に2泊させてもらいました。外国人が家に泊まることは面白いと思ってくれたのか、奥さんと娘さんのラスメイ(12歳)、息子のダラ(9歳)、そして同居している両親をエイズで失った甥のコサル(15歳)とも「またきて、また一緒にご飯を食べましょう」と何度も言って別れを惜しんでくれました。サムオールさんも日本でのホームステイをとても楽しみにしています。
AHIの会員、ボランティア、職員のみなさん。サムオールさんの来日をお楽しみに。とってもまじめで、情熱にあふれ、またひょうきんな素敵な人です!
2006年08月11日
協力団体との付き合い方
8月9日の午後、AHIの協力団体のひとつ(保健省国立保健推進センター)NCHPが今勢力をあげて取り組んでいる大規模支援プロジェクトの外国人こーディネーター、T氏と話をしました。事前に2005年11月に行った、NCHPとAHIの協力関係評価ワークショップの報告書を手渡し、その一部を読んでおいてもらうようにしました。
お互いの自己紹介のあと、AHIが1989年からNCHPと協力してきたこと、継続的な既存の研修活動の財政支援は、保健省予算の確保によって2005年で終了したこと。現在は少額を地方のカンボジア地元NGOとの協力推進のために支援していることなどを話しました。私の方は、事前にNCHP側から入手したこの大型5年プロジェクトの概要を把握し、いくつかの質問を用意した上で望みました。T氏はもう一度自分から概要を説明するといって、丁寧に概要を話してくれました。NCHPが国立センターとして本来すべきこと、したいことができるだけ組み込まれるのが一番いい。その上で、NCHPが「これを是非したいが、このプロジェクトにも入れられず、保健省からも支援が望めないこと」は何なのか。そこをAHIが支援する可能性は考えられます。
この大型プロジェクトの目指すことは3点、健康的な生活スタイルへの変化、保健サービス提供側のサービス内容および態度変容、そして患者・住民がわのエンパワーメントを掲げています。しかし私が理解したプロジェクト概要からは、3点目の患者・住民のエンパワーメントが具体的な活動案に反映されておらず、かなり弱いと見えました。その点について、実は3点目が不十分なのは確かであるし、保健医療以外の分野のアクター(例えば集合村評議会や寺、農業分野、地元NGOなど)との協働は視野には入れるものの、そこまで活動を広げられないとのことでした。それは目に見える具体的な結果を設定された予算枠で出さねばならないので、まずは保健分野のアクターに絞るとのことでした。
これでは本当の保健推進活動(ヘルスプロモーション)はできないことは、NCHPもよくわかっています。NCHPがこれまでの学びと経験から研修の中で言ってきた「包括的な多分野との協力による保健推進活動」を実際に進めてみたいという願いは、このプロジェクトの枠では困難な様です。このプロジェクトの準備と計画段階で外国人アドバイザーが変わるたびに、支援側のNCHPのプロジェクト実施内容や進め方に関する「自由裁量度」の理解が変わり、希望がふくらんだり、へこんだりの繰り返しのこの10ヶ月間だったようです。
NCHP側では30歳代後半〜40歳代はじめの若手だがシニア職員がチームで担当しています。その中のS氏が主に外国人コンサルタントとのやり取りの担当をしていたのですが、両者の間の関係不具合があり、最近はもっぱらAHIとの協力直接担当者の元研修生(1999年国際研修)のリムトリさんが先方から頼りにされています。責任感があり、全力で仕事をしているリムトリさんは、他にも担当の仕事があり大忙し。毎日深夜まで資料読みや報告書か書きなどを自宅でしているとのこと。
ところで、その外国人コーディネーターのT氏は、私との1時間半ほどの面談の最後に言いました。「あなたの団体のように小規模のNGOの協力の仕方と、大型団体の仕事の仕方はかなり違う。相手側と話し合いながら柔軟に協力するやり方は難しい。活動の変更に伴って予算の変更があるととても大変だ。」「人が動くとお金が絡む。多分年額1万ドル程度のあなたの団体の協力額では、そういう困難は経験しなかったでしょう。」 小規模だから参加型で支援でき、大規模だと無理?「性(さが)」なのか。。。? そうではない!と私は信じますが、この人と話すのは今日はこれまでにしよう、と思いました。
たとえ小さい団体であれ、少額であれ、困難やカンボジア側協力団体との対立がないなんてとんでもない。しかし、改めて相手に寄り添い、相手の意見や主体性をあくまで優先して進めようとするAHIのユニークさ・強みを大切にしたいと思いました。たとえAHIが活動規模拡大(急激な拡大はほぼ考えられませんが。。。)したとしても、これだけは失くしてはならぬと思います。
その後、なぜか私とリムトリさんが一緒にいるときに限って、何度も偶然にそのT氏に会いました。NCHPの廊下で、リムトリさんの部屋で、昼食時に食堂で、そして食料品店で買出し中に。。。 T氏はリムトリさんが忙しいので、面談の約束をとるのが難しいと嘆いていました。 そのたびに彼は「あ、忘れないうちに伝えておきたい」とリムトリさんにプロジェクトに関してするべきことの項目とそれぞれの締め切り日を確認していました。そして今日食堂で出くわした時には、「次のこと、何だったっけ、大切なあれあれ。。」と思い出せず、そこにいた私も3人で「そういうことってあるよね。急に忘れてしまって。。。 ははは!」と大笑いしました。結局彼はとうとう思い出せず、「後から連絡する」と言って、事務所に戻って行きました。
リムトリさんに、「あの人もそうとうストレスがたまっているんだよ、計画どうりにしなければいけないことがたくさんあって、心配している。かわいそうだね。」と私が言うと、「うん、うん。」と、リムトリさん。
来る18日には、ドナーと、実施委託団体、そして保健省とNCHP関係者が集まって半年に1回のプロジェクト舵取り会合(Steering Committee Meeting)があるそうです。そこでNCHPは言いたいことを訴えるとのことでした。
私も陪席しないかとNCHP側から誘われましたが、遠慮することにしました。
お互いの自己紹介のあと、AHIが1989年からNCHPと協力してきたこと、継続的な既存の研修活動の財政支援は、保健省予算の確保によって2005年で終了したこと。現在は少額を地方のカンボジア地元NGOとの協力推進のために支援していることなどを話しました。私の方は、事前にNCHP側から入手したこの大型5年プロジェクトの概要を把握し、いくつかの質問を用意した上で望みました。T氏はもう一度自分から概要を説明するといって、丁寧に概要を話してくれました。NCHPが国立センターとして本来すべきこと、したいことができるだけ組み込まれるのが一番いい。その上で、NCHPが「これを是非したいが、このプロジェクトにも入れられず、保健省からも支援が望めないこと」は何なのか。そこをAHIが支援する可能性は考えられます。
この大型プロジェクトの目指すことは3点、健康的な生活スタイルへの変化、保健サービス提供側のサービス内容および態度変容、そして患者・住民がわのエンパワーメントを掲げています。しかし私が理解したプロジェクト概要からは、3点目の患者・住民のエンパワーメントが具体的な活動案に反映されておらず、かなり弱いと見えました。その点について、実は3点目が不十分なのは確かであるし、保健医療以外の分野のアクター(例えば集合村評議会や寺、農業分野、地元NGOなど)との協働は視野には入れるものの、そこまで活動を広げられないとのことでした。それは目に見える具体的な結果を設定された予算枠で出さねばならないので、まずは保健分野のアクターに絞るとのことでした。
これでは本当の保健推進活動(ヘルスプロモーション)はできないことは、NCHPもよくわかっています。NCHPがこれまでの学びと経験から研修の中で言ってきた「包括的な多分野との協力による保健推進活動」を実際に進めてみたいという願いは、このプロジェクトの枠では困難な様です。このプロジェクトの準備と計画段階で外国人アドバイザーが変わるたびに、支援側のNCHPのプロジェクト実施内容や進め方に関する「自由裁量度」の理解が変わり、希望がふくらんだり、へこんだりの繰り返しのこの10ヶ月間だったようです。
NCHP側では30歳代後半〜40歳代はじめの若手だがシニア職員がチームで担当しています。その中のS氏が主に外国人コンサルタントとのやり取りの担当をしていたのですが、両者の間の関係不具合があり、最近はもっぱらAHIとの協力直接担当者の元研修生(1999年国際研修)のリムトリさんが先方から頼りにされています。責任感があり、全力で仕事をしているリムトリさんは、他にも担当の仕事があり大忙し。毎日深夜まで資料読みや報告書か書きなどを自宅でしているとのこと。
ところで、その外国人コーディネーターのT氏は、私との1時間半ほどの面談の最後に言いました。「あなたの団体のように小規模のNGOの協力の仕方と、大型団体の仕事の仕方はかなり違う。相手側と話し合いながら柔軟に協力するやり方は難しい。活動の変更に伴って予算の変更があるととても大変だ。」「人が動くとお金が絡む。多分年額1万ドル程度のあなたの団体の協力額では、そういう困難は経験しなかったでしょう。」 小規模だから参加型で支援でき、大規模だと無理?「性(さが)」なのか。。。? そうではない!と私は信じますが、この人と話すのは今日はこれまでにしよう、と思いました。
たとえ小さい団体であれ、少額であれ、困難やカンボジア側協力団体との対立がないなんてとんでもない。しかし、改めて相手に寄り添い、相手の意見や主体性をあくまで優先して進めようとするAHIのユニークさ・強みを大切にしたいと思いました。たとえAHIが活動規模拡大(急激な拡大はほぼ考えられませんが。。。)したとしても、これだけは失くしてはならぬと思います。
その後、なぜか私とリムトリさんが一緒にいるときに限って、何度も偶然にそのT氏に会いました。NCHPの廊下で、リムトリさんの部屋で、昼食時に食堂で、そして食料品店で買出し中に。。。 T氏はリムトリさんが忙しいので、面談の約束をとるのが難しいと嘆いていました。 そのたびに彼は「あ、忘れないうちに伝えておきたい」とリムトリさんにプロジェクトに関してするべきことの項目とそれぞれの締め切り日を確認していました。そして今日食堂で出くわした時には、「次のこと、何だったっけ、大切なあれあれ。。」と思い出せず、そこにいた私も3人で「そういうことってあるよね。急に忘れてしまって。。。 ははは!」と大笑いしました。結局彼はとうとう思い出せず、「後から連絡する」と言って、事務所に戻って行きました。
リムトリさんに、「あの人もそうとうストレスがたまっているんだよ、計画どうりにしなければいけないことがたくさんあって、心配している。かわいそうだね。」と私が言うと、「うん、うん。」と、リムトリさん。
来る18日には、ドナーと、実施委託団体、そして保健省とNCHP関係者が集まって半年に1回のプロジェクト舵取り会合(Steering Committee Meeting)があるそうです。そこでNCHPは言いたいことを訴えるとのことでした。
私も陪席しないかとNCHP側から誘われましたが、遠慮することにしました。
2006年08月07日
カンボジアは名古屋よりすごしやすい (かも。。。)
昨朝6時ごろ家を出て、昨晩首都プノンペンに着きました。9ヶ月ぶりのカンボジアです。暑い! 暑いですが、、、日中の陽光はさすがに痛いほど強いですが、朝や夜は名古屋よりずっとすごしやすいです。ヒートアイランド現象もほとんどないし。
8月といえば、日本も含めて休暇シーズンで、観光客も多いカンボジアですが、首都はちょっとさびしい感じ。ホテルも部屋が空いています。近年はカンボジア以外の国々から世界遺産アンコールワットのあるシエムリエップ州へ直行便が出るようになって、首都を経由していく観光客がぐっと減っているのです。
今日は仕事第1日目で、協力団体のひとつである政府保健省の国立保健推進センター(NCHP)にいました。午前中はセンターのトップとシニア職員が参加する、週1回のマネージメント会合に陪席、午後は今年のセンター活動について説明を受けました。NCHPは2006年から「健康に関する行動変容とコミュニケーション(BCC)」の大規模な活動が始まり、今日も計24名の職員が3人ずつ8チームに分かれて全国各地の村々での基礎調査に出かけていて、センターはがらんとしていました。各グループ、約60日間に渡って地方を回るのだそうです。
午前中の会合では、その大規模プロジェクトの支援側のコーディネーター(外国人)も一部同席しましたが、そこでは外国人専門家が率いる調査チームが直面している困難について、NCHP側から率直な訴えが出されました。「これ以上NCHP軽視するなら、協力の打ち切りも考える。」と強気のNCHP。よほど積もり積もった協力関係の不満があるのだろうが、そこまで言わなくても。「まあまあ、抑えて抑えて。」とちょっとはらはらしながらやり取りを聞いていました。そして、最後にNCHPの所長が「AHIのようにNCHPといつも相談しながら一緒に進めてほしい、ここにいるウイの滞在中に是非話しをしてほしい。」といいました。大型ドナーにこびることなく、自分たちの主張を毅然とした態度で表現するNCHPの職員や所長を内心誇りに思いながらも、そこにいてそんな2者の話を聞いていてよいのかしら。。と、微妙な雰囲気でした。
その外国人コーディネーターとは明後日会うことにしました。
いわゆる「仲裁役??なの??」どうなりますやら。また、用意したおかきの登場があるかもしれません。
朝から「暑いディスカッション」の第1日目でした。
(8月7日、2006年) 宇井
8月といえば、日本も含めて休暇シーズンで、観光客も多いカンボジアですが、首都はちょっとさびしい感じ。ホテルも部屋が空いています。近年はカンボジア以外の国々から世界遺産アンコールワットのあるシエムリエップ州へ直行便が出るようになって、首都を経由していく観光客がぐっと減っているのです。
今日は仕事第1日目で、協力団体のひとつである政府保健省の国立保健推進センター(NCHP)にいました。午前中はセンターのトップとシニア職員が参加する、週1回のマネージメント会合に陪席、午後は今年のセンター活動について説明を受けました。NCHPは2006年から「健康に関する行動変容とコミュニケーション(BCC)」の大規模な活動が始まり、今日も計24名の職員が3人ずつ8チームに分かれて全国各地の村々での基礎調査に出かけていて、センターはがらんとしていました。各グループ、約60日間に渡って地方を回るのだそうです。
午前中の会合では、その大規模プロジェクトの支援側のコーディネーター(外国人)も一部同席しましたが、そこでは外国人専門家が率いる調査チームが直面している困難について、NCHP側から率直な訴えが出されました。「これ以上NCHP軽視するなら、協力の打ち切りも考える。」と強気のNCHP。よほど積もり積もった協力関係の不満があるのだろうが、そこまで言わなくても。「まあまあ、抑えて抑えて。」とちょっとはらはらしながらやり取りを聞いていました。そして、最後にNCHPの所長が「AHIのようにNCHPといつも相談しながら一緒に進めてほしい、ここにいるウイの滞在中に是非話しをしてほしい。」といいました。大型ドナーにこびることなく、自分たちの主張を毅然とした態度で表現するNCHPの職員や所長を内心誇りに思いながらも、そこにいてそんな2者の話を聞いていてよいのかしら。。と、微妙な雰囲気でした。
その外国人コーディネーターとは明後日会うことにしました。
いわゆる「仲裁役??なの??」どうなりますやら。また、用意したおかきの登場があるかもしれません。
朝から「暑いディスカッション」の第1日目でした。
(8月7日、2006年) 宇井

